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CRAFTSMAN

帰来窯 楽焼

わびさびの精神を体現している楽焼を伝承し続ける

佐々木虚室さんは110年続く窯元で、千利休の時代につくられた楽茶碗の技術と精神を受け継いでいます。産地産業として発展した他の陶磁器とは異なり、楽焼は「千利休の茶道を表現する」という明確な目的の元で考案された技術です。利休の考える禅の精神を具現化したものが楽茶碗であり、楽焼を後世に伝えることは単に技術を継承するだけではなく、わびさびの精神を伝承することといえます。技術と共にその精神を伝承することを大切にされていて、国内海外に楽焼を伝えていらっしゃいます。

佐々木虚室帰来窯 窯主
1964年 京都・亀岡に生まれる。1986年 父・佐々木虚室の元へ修行に入る。1996年 帰来窯を先代から受け継ぎ、当主となる。2011年 虚室襲名。

楽茶碗

千利休の指導により、瓦職人が製作した聚楽焼(じゅらくやき)が始まりとされています。豊臣秀吉が建てた政庁・邸宅である聚楽第(じゅらくだい)建設時に掘り出された土を使って焼いたことから、このように呼ばれました。
あえて轆轤を使わず、手のひらの中で一つ一つ成型をする手づくねという方法で形をつくっていき、削りをほどこすことで、強度と独特の風合いを出していきます。当然、左右均一にはならず、そこに「不足の美」を表現します。
楽焼の釉薬は、加茂川石・貴船石そのものです。石肌と火焼きによって職人独自の肌を出します。1200度の高温で表面だけを一気に焼き上げることで、中を半生にし熱伝導率を下げ、お茶を冷めないような構造の茶碗となります。まさしく、お茶をいかに楽しむかを追求した技術が詰まっています。

  • 手づくねという成型技法は、土の固まりから、手のひらの中でひとつずつかたちをつくっていくものです。ちょうど掌(たなごころ)に収まる大きさの茶碗ができるこの製法も千利休が考案したものです。

  • 釉薬を塗って天日で乾かす肯定を4~5回繰り返し、土に含まれる水分を飛ばしていきます。これにより一気に高温で焼いても割れにくい素地ができます。

備長炭で熾した1200度の火の中で、加茂川石・貴船石からつくる釉薬を溶かし、中まで焼ききらないうちに取り出します。これにより熱伝導率が低い、お茶の冷めにくい茶碗が完成します。