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パートナー対談

作り手の思い・考え方こそ未来へ残したい!Kiwakotoメンバーと開発パートナーとの対談です。

  

空気を纏うテキスタイル

武藤 英之・武藤 圭亮(武藤株式会社)×梶原加奈子(テキスタイルデザイナー)×吉村優(Kiwakotoディレクター)

山梨の織物が初めて書物に登場したのは平安時代。「延喜式(えんぎしき)」という当時の法律を細かく定めた書物に、「甲斐(山梨)の国は布を納めるように」という意味の文章が見られます。また一説には、秦の始皇帝の時代、方士・徐福(じょふく)が「東の海の果てにある蓬莱の山(富士山)」にあるといわれた不老不死の薬を求めて、日本へやってきましたが、薬はついに見つからず、故郷に帰ることもできなくなり、村の娘と結婚。富士吉田の地で暮らすことになり織物の技術を村の人々に伝え、やがて村では織物が盛んになった、といわれています。
富士山の湧き水は超軟水で、鉱物などの余分なものが含まれていないため、染色に向いているとされます。土地の恩恵もあり、先染めのきれいな色柄を織ることができる産地として発展しました。
この地で天然素材の極細糸のストールづくりをされる武藤株式会社の武藤英之さんと武藤圭亮さんにお話を伺います。売上3億円程度の小規模工房が、わずか30年足らずで、世界トップクラスの技術力を磨き、ここにしかないテキスタイルを作り上げたストーリーです。

武藤英之氏・圭亮氏(武藤株式会社)と梶原加奈子(テキスタイルデザイナー)との対談風景

吉村:
今日は、梶原さんは東京から、我々は京都から、山梨の武藤さんの工房に集合しました。空気が本当にきれいで気持ちがいいですね。今回は、梶原さんのご提案もあり、一緒にものづくりができ本当に嬉しく思います。

梶原:
武藤さんとは、最近は、テキスタイルの展示会でばかりお会いしていますよね。久しぶりに工房に伺いました。私が企業と共に初めて製品ブランドを始めた時、日本産のストールを作ることになり、様々な産地で素材を探していた時に出会いました。今回、Kiwakotoのストールのお話をいただいた際、真っ先に、武藤さんをご提案しました。技術的に世界トップクラス、他にはない柔らかな風合い、そして心地良さにこだわった天然繊維。これに、京都の染色の技術をコラボレーションしたらきっと魅力的なものができるだろうと直感的に思いましたので。いいものを見続けているお客様にこそ手に取ってもらいたいですね。

武藤英之:
他産地とのコラボレーションはうちにとっても刺激的です!うちは必要に迫られ、ほとんどの工程を内製化していますが、今になって、この体制がチャンスをつくっているとつくづくと感じますね。うちは、極細糸の天然素材を軸にストールを織り続けています。染め、織り、仕上げは基本的には自社内で対応できる体制を組んでいます。最盛期、富士吉田には、4万台の織り機がありました。今では2,000台。昔は多くの職人が切磋琢磨し、一旗上げたいと腕っぷしをきかせた職人には、ちょっと変わった仕事を持ち込むと「よし、やったる」とすぐに協力してくれました。今2,000台になり、職人の高齢化が進むと、新しい仕事は「ちょっと今忙しいからね」「やったことないからね」と断り文句から始まってしまうことが多々あります。
そんな背景もあり、うちが天然素材の極細糸で織ると方向性を決めてから、必然的に内製化しないと、私の求めていたようなストールが織れませんでした。

武藤圭亮:
自社内完結なので、お客様から「こんなことやってみたい」と言われた際には、まずやってみようと一歩踏み出すことが容易です。しかし、デメリットもありカバーする工程が広くなると、どうしても広く浅くになりがち、効率が落ちがちです。一点に拘ろうとするとスピードが落ち、市場の求めるスピード感で仕事を進められなくなる。技術を落とさず、市場にスピードを合わせることが、今後のテーマだと思っています。

梶原:
世界のモードと向き合うには、提案するタイミングと生産するスピードも大切です。また常に新しいアイデアを求められるので、アップデートしてPRしていく必要がありますね。IT業界のスピード感がものづくりにも要求されています。
  

市場の変化を意識することは大切。それ以上に、自分のつくりたいものを見つけ徹底的にやりきる。

武藤英之:
親父の代は、婚礼布団用の緞子生地を作っていました。当時、布団屋の稼ぎ頭といえば、この婚礼布団。数百万、数十万の布団セットが普通に売れていた時代です。当時の工房の売上げが3.5億円。損益分岐点が1.4億。損益分岐点が遥か下にあるから気がつかないだけで、私が入社する以前の約5年で8,000万円の売上げが目減りしている状況でした。大学で経営を学んでいた私は、「この商品では一生は食べていけない」と瞬間的に思いました。
メーカーの戦略は、同じ市場に違う技術を投下するか、同じ技術で市場を変えるか、です。私は、同じ市場=寝装に、違う技術で展開しようと、当時、流行始めていた羽毛布団・羊毛布団に取り組むべく設備導入をしました。やってみて気がついたのが、この領域は設備投資、原料の仕入れなど20億以上投資ができないと商売にならない、ということです。
例えば、原料をハンガリーから仕入れて神戸港に入港するころには、(まだ製品になっていないのに)次の原料がハンガリーを出航しないとタイムロスが出ます。とても、売上3億の小規模工房には、無茶なビジネスでした。
すぐ、無理と判断し、織物に戻ろうと服地開発に取り組みました。2年ほど取り組みましたが、当時はデザイナーズブランドが盛んな時代で、非常に細かい仕事で、「性格的に無理だな、どうしよう」と悶々としていました。

梶原:
1900年代ごろは、国内のデザイナーズブランドが伸び盛り非常に元気で、日本の産地にも多くの仕事が流れ、デザイナーの無理難題にいかにアジャストしていくかという時代だったと思います。特に富士吉田は、高密度のシルクジャカードに特性のある地域と業界では認知されていたので、意匠性にこだわりを持った開発依頼が多かったと思います。

工場内での対談

武藤英之:
そんなときです。百貨店を歩いていたときに、当時5,000円程のマフラーが目に入りました。「俺やるのこれじゃん」と瞬間的に思いました。うちの機械で織れる、とすぐに試作し、付き合いのある卸先に持っていくと、とんとん拍子に売り場に並び、よく売れました。自分には経営の才能があると若干、天狗になっていましたが、何のことはない。バブルに突入しただけでした。バブル崩壊後、うちも工房の規模を縮小し、耐え忍ぶ中で、自分がやりたいのはなんだろう、何故、ストールに惹かれたんだろうと考えました。
答えは、手触りでした。肌に触れる柔らかさ、手触りに魅力を感じたのだと。そして肌に触れるものだからやさしい素材のものがいい。また国内市場は、中国製品がどんどん入ってきている時期で、富士吉田の産地でやるなら、高級品をやるしかない。どうせやるなら世界トップクラスを目指そうと。

梶原:
天然素材ということにも、拘っていますよね。

武藤英之:
肌に触れるものですからね。やさしい素材を突き詰めていくと、天然繊維にたどり着きました。風合いは糸の細さからつくられるでしょう。天然繊維しか織らない。天然繊維の中でも世界で一番細い糸しか織らない、と決め、これで世界トップを目指すことにしました。

自産地にノウハウのないものは、時には頭を下げてでも、外から取り入れる

吉村:
ご自身の作りたいものと富士吉田の手がける意図が、「天然素材の高級ストール」軸で一致したのですね。細い糸がポイントになってくると思うのですが、武藤さんが望んでいたような糸は、世の中にあったんですか。

武藤英之:
一部では流通していたようなのですが、田舎の一工房にはそう簡単に手に入れることはできませんでした。天然繊維よりも科学繊維の方が流通量が大きいですしね。あるとき、工場見学をさせていただいた大手の毛製屋さんに、当時、自分が思う最高級品質のロロ・ピアーナのストール生地を持ち込み、「ロロ・ピアーナの生地で、糸は110番だと思います。この糸よりも細い糸を天然繊維でつくってください」とお願いしました。50万円くらいする生地をその場で切り裂いたので、お相手はびっくりされていましたが、勢いを買って、1tだったら作ってやるという話をされました。単価3,000円/kgでしたので、3,000万円の投資、うちには到底、無理な金額です。もう一度頭を下げて、100kgで作っていただくお願いをしました。

500番手の糸

武藤英之:
毛製屋さんに会うたびに、細い糸はないかと聞き、麻の300番を手に入れ、翌年、「もっと細いのあるでしょ」と、500番を手に入れる。500番は、29デニールで化学繊維より遥かに細い。こうして、どんどん細さを追求することを続けています。更に、オーガニックコットンの細番手にもチャレンジしています。

梶原:
オーガニックコットンの単糸*で細番手は業界でも非常に珍しいです。通常、100番までしか作りたがらないので、125番にチャレンジするというのは、すごいと思います。

武藤英之:
地球上で、農薬が使われているのは綿栽培において全体の7割だそうです。単純に、そのすべてがオーガニックコットンになれば、地球上の農薬が7割減るという話を聞き、より積極的に取り組んでいきたい材料のひとつと考えています。武藤単独でできること、富士吉田という一産地でできることは限られています。自社・産地の技術を最大限に生かす方法を、自前でないものは外から取り入れて、見出すのが大切だと考えています。

吉村:
良いものは柔軟に取り入れよ、と開国を進めた坂本竜馬の考え方ですね!

梶原さん:
日本のこだわりの物作りと向き合っている人たちは、武藤さんが今、何に取り組んでいるか、気にされてます。

武藤英之:
私は、やっていることはオープンに話しちゃいますね。話しただけで、真似できるのであれば、やればいい。そのほうが闘志がわきます。それに、この富士吉田の地域は、自分のところにしかできないものを追求する性分があります。よそにはできないものを、オリジナルは何か、とお互いを高めあう環境なので、各々どんどんやっていることをオープンにして、いいものを取り入れる。そうやって、1000年以上、機の音を絶やさず、生き延びてきたのです。

世界を目指して、織機を操る。

梶原:
国内のトップメゾンにはその技術力が知れ渡っています。更なる発展のために、欧州・米国のラグジュアリーブランドに食い込むため、展示会にも積極的に出るなど、息子さんたち初め次の世代が奮闘していらっしゃいます。

武藤圭亮:
大学との連携や自社の技術ブランドが確立する中で、生地作りに携わりたい若者が採用できています。中には、横浜から移住して来てくれている子もいます。30代中心に、「まずやってみよう」というところから取り組むことのできる環境が非常にありがたいです。
  
天然素材の風合いを最大限に引き出すために、織機の使い方を日々研究しています。低速で機械を動かし、横糸を投げ込むスペース、つまり縦糸と縦糸のクロスする部分を大きく開け、横糸を縦糸で包み込むように織っていく。そうすることで目を緩くし、素材の持つ風合いを崩さずに生地に仕上げることができます。時間がかかり非効率ですが、そうでないと武藤のストールはできない。織機が動いている間中、職人は機械に付きっ切り。体力と根気の要る仕事です。

吉村:
フワフワの優しいストールを触った瞬間、感動するのは、クオリティだけではなく、これを作り出せる皆さんの魂を感じるからだと思います。これからの武藤さんが作り出すストールのファンであり続けたいと思いますし、多くの方に素晴らしさを伝えていきたいと思います。

  
次回は、日本有数のテキスタイルづくりを支える京都で創業155年のシルク専門商社のストーリーです。

*単糸
1本の糸を使ったものが「単糸」、2本の糸をより合わせて1本の糸にしたものが「双糸」。双糸は、2本の糸を撚り合わせているので、太く上部になり、1本の糸(単糸)よりも 太さが均一な糸になる。

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